コラム

COLUMN

インターネットで通販

阪神タイガーズ承認グッズ製作秘話

(2005年の試み)

インターネット通販で、物を売る事に自ら取り組んでみました。

村上ファンドが、阪急・阪神経営統合をする直前の、のんびりとした時代だったからチャレンジ出来たのかもしれません。

テレビ局からの取材も受け、いい勉強となりました。

タイガーズグッズ製作秘話
こうして商品は、誕生しました。

ナイターの結果をネットで見る為に、Bambooの出入り業者の自動販売機屋さんが、ちょろちょろと顔を出していました。
ホントは、ラジオとかで結果がわかってるのに、ブツブツ言うのが目的だったのかも・・・。
いつものごとく世間話をしてて 「阪神タイガース応援行きたいけど、行くと負けるからいかへんのやー」っていう言葉で意気投合しました。
当の私も、甲子園に応援に行って、阪神タイガースが勝った試合に遭遇した経験がないので、縁起をかついで、もっぱら、テレビ(中継の時間は仕事している場合が多いですが)とネットで観戦していました。
そんな、2003年のシーズンが始まる前の、ストーブリーグの頃、自動販売機屋さんと、その知人の鞄職人さんとラベル屋さんなどが加わり、タイガース談義に花が咲いてました。
「今年は、応援行くでー」という話になり、ジンクスを吹っ飛ばそうと観戦を決意し、それぞれ甲子園に仕事の合間を縫って応援に出かけました。
ご存知のとうり、2003年といえば、星野仙一監督が、87勝51敗2分で、優勝を勝ち取った年です。
にも、かかわらず、私達が甲子園に行った時に限って、タイガースは負けていました。

ミシンシーズンが終わっても、トラキチの職人軍団は、たまに集まってはタイガース談義。応援に行ったら、その試合は負けるけれど、シーズンの成績は絶好調。勝手に、都合のいい解釈のもと、またまた意気投合。結構、私達は単純なもので・・・。
それで、これも冗談がはじまりだったのですが、我々が球場に行くと負けるのなら、応援に行く回数は減らして代わりに、私達の分身を甲子園に持って行ってもらおう。
甲子園には行けなくても、魂で応援しようって事になり、それぞれが、会社に転がってる色々なモノを持ち寄り、落書きのような応援パネルやマジックでタイガース必勝の小物を手作りして、球場に応援に行く友達に気持ちを託しました。

製作風景2004年は、岡田新監督で、4位という成績。
ストーブリーグになって、選手層は厚くなってるので「来年こそはいけるでー」「根性入れて応援せなあかん」ていう事になり、「応援も本気で、せなあかん」って訳で、仕事で品物を作るのと同じ工程で魂のこもったアイテムを作ってみました。
洒落で作ったのが、結構知人の間で話題になり、分けてほしいという声がかかり、個人で持っていて満足感を感じていたものを本格的に生産してみようという運びとなり、単純な私達は品物を作ってしまいました。
まだまだ、完成度は低くマジックでイラストを書いた程度の小物で、子供の工作のようなものです(笑)

加工本気モードで、制作を開始した試作完成品は、持ち歩くものとしては上等な雰囲気になっちゃいました。
球団に許可を取り本物の球団承認マークの使用許可を取り、オリジナルブランドの阪神タイガースグッズが誕生しました。
球団の承認を取るには、品質が重要で、そのきびしさが職人魂に火をつけ、出来上がりは結構いいものとなりました。
普段、ブランド物のバックを作ったりジーンズのラベルを作っている職人がトラ軍団必勝の為に、手作りでひとつひとつ製作しました。

Bambooは、本気モードでネット通販を開始!

大量生産ではないため、制作には日数がかかっちゃってますが、お問い合せ順に、本業そっちのけでナイターをききながらひとつひとつ作りました。
種類は少ないですが、ご満足いただける商品に仕上がっています。
ひとつひとつが、手作りなのでマークの位置や縦縞模様の位置が、一品一品微妙に違います。だから、世界で一つしかない品物って事になります。
冗談から、勢いで制作して球団の承認をとってしまった商品です。
作っちゃってから、販売ルートがないのに気付き、一部のタイガースショップとネットでの販売となっておりました。

その後、阪神百貨店の店頭にも並び、沢山の方に知ってもらう事が出来ました。
一年限りの球団承認の期間に、色々なメディアで取り上げられ、全国各地からお求めいただきました。

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